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名古屋地方裁判所 平成6年(ヨ)689号 決定

大阪市中央区平野町二丁目一番二号

債権者

日本臓器製薬株式会社

右代表者代表取締役

小西甚右衛門

右代理人弁護士

品川澄雄

水田耕一

右復代理人弁護士

吉利靖雄

右輔佐人弁理士

村山佐武郎

名古屋市名東区本郷二丁目一七三番地の二

債務者

昭和薬品株式会社

右代表者代表取締役

横井太

右代理人弁護士

山田信義

上坂明

北本修二

右輔佐人弁理士

伊藤武雄

主文

一  債権者が本決定告知後七日以内に債務者のために金二〇〇〇万円の保証を立てることを条件として、

1  債務者は、別紙物件目録(二)記載の物件を販売してはならない。

2  債務者の別紙物件目録(二)記載の物件に対する占有を解いて、その所在地を管轄する地方裁判所所属の執行官に保管を命ずる。

二  申立費用は、債務者の負担とする。

理由

一  申立ての趣旨

別紙物件目録(二)記載の物件の販売についての宣伝広告の禁止を求めるほか、主文と同趣旨

二  当事者の主張の要旨

1  債権者

(一)  被保全権利

〈1〉 債権者は、別紙特許権目録記載の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)を有している。

〈2〉 債務者は、別紙物件目録(二)記載の物件(以下「本件製剤」という。)を販売している。本件製剤は、「FN原液フジモト」を有効成分とするものであるところ、「FN原液フジモト」は、別紙特許権目録8「特許請求の範囲」1〈1〉ないし〈8〉記載の物理化学的性質を有する新規生理活性物質の水溶液である。また、本件製剤は、別紙特許権目録8「特許請求の範囲」2〈1〉ないし〈8〉記載の物理化学的性質を有する物質を有効成分とする鎮痛剤であるとともに、同目録8「特許請求の範囲」4〈1〉ないし〈8〉記載の物理化学的性質を有する物質を有効成分とする抗アレルギー剤である。

〈3〉 よって、債務者が本件製剤を販売する行為は、本件特許権を侵害する行為である。

(二)  保全の必要性

債権者は、本件特許権の実施品である注射剤を「ノイロトロピン特号」「ノイロトロピン特号3cc」という商品名で、錠剤を「ノイロトロピン錠」という商品名で、製造販売しているところ、債務者が本件製剤を販売することにより、これらの債権者の商品の販売量が減少し、かつ、その販売量の減少が回復しないおそれがある。

2  債務者

(一)  被保全権利について

〈1〉 本件特許権は、次の理由により、無効である。

ア 本件特許権の特許請求の範囲に記載されている化学物質は特定されていない。

イ 債権者は、本件特許権の出願日(昭和五二年二月一七日)以前に、「ノイロトロピン特号」「ノイロトロピン特号3cc」という薬品を製造販売していたが、これは、本件特許発明の技術的範囲に属するものである。したがって、本件特許発明は、出願日において、既に公知であった。

〈2〉 「FN原液フジモト」は、次のとおり本件特許発明の技術的範囲に属するものではない。

ア 本件特許発明に係る新規生理活性物質は褐色無定形の吸湿性粉末であるところ、「FN原液フジモト」は、液体である上、その減圧乾固物は、白色又は淡黄色の結晶性粉末であるから、性状を異にする。

イ 本件特許発明に係る新規生理活性物質は「エタノールに可溶」であるところ、「FN原液フジモト」の減圧乾固物はエタノールに溶けない。

ウ 本件特許発明に係る新規生理活性物質の紫外線吸収極大は「二五五nm~二七五nm」であるところ、「FN原液フジモト」の紫外線吸収極大は二六八・七nmである。

エ 本件特許発明に係る新規生理活性物質をモリブデンブルー法によって試験すると液が青色を呈するが、「FN原液フジモト」の減圧乾固物をモリブデンブルー法によって試験しても液が青色を呈することはない。

オ 本件特許発明に係る新規生理活性物質をオルシノール反応によって試験すると液が緑色を呈するが、「FN原液フジモト」の減圧乾固物をオルシノール反応によって試験しても液が緑色を呈することはない。

(二)  保全の必要性について

次のようなことからすると、本件について保全の必要性はない。

〈1〉 債権者は、本件特許権とは別の特許権に基づいて、大阪地方裁判所に、「ローズモルゲン注」の製造販売の禁止を求める仮処分を申し立てるとともに、「ローズモルゲン注」の製造販売の禁止を求める訴訟を提起したが、右仮処分の申立ては却下され、右訴訟における請求は棄却された。債権者は、これらの事件において、本件特許権に基づく仮処分の申立て及び訴訟を追加することが可能であったのに追加しなかった。

〈2〉 債務者は、製造者ではなく、問屋にすぎない。

〈3〉 債権者は、現在製造販売している「ノイロトロピン特号」「ノイロトロピン特号3cc」が本件特許発明の技術的範囲に属するものであることを認めるとともに、債権者が本件特許権の出願日以前に製造販売していた「ノイロトロピン特号」「ノイロトロピン特号3cc」は本件特許発明の技術的範囲に属するものでないと主張しているが、そうであれば、債権者は、薬事法に違反して、違法にこれらの薬品の有効成分を変更したことになる。

三  当裁判所の判断

1  本件特許権の無効原因について

(一)  本件特許権の特許請求の範囲に記載されている化学物質は特定されているということができる。

(二)  債権者が本件特許権の出願日(昭和五二年二月一七日)以前に「ノイロトロピン特号」「ノイロトロピン特号3cc」という薬品を製造販売していたことは当事者間に争いがないが、それが、本件特許発明の技術的範囲に属するものであるとまで認めるに足りる証拠はない。

(三)  したがって、債務者主張に係る本件特許権の無効原因は認められない。

2  本件特許権侵害行為について

「FN原液フジモト」は、次のとおり本件特許発明の技術的範囲に属する新規生理活性物質の水溶液であることが一応認められるから、それを有効成分とする本件製剤を販売する行為は、本件特許権を侵害する行為である。

(一)  本件特許発明に係る規生理活性物質は褐色無定形の吸湿性粉末であるところ、証拠(甲一七、三八)によると、「ローズモルゲン注」の不完全脱塩液の減圧乾固物は、褐色無定形の吸湿性粉末であることが一応認あられ、これに、証拠(甲四七)と審尋の全趣旨を総合すると、「FN原液フジモト」は、褐色無定形の吸湿性粉末の水溶液であることが一応認められる。これに反する証拠(乙二四、四一、四二)の記載は採用できない。

(二)  本件特許発明に係る新規生理活性物質は「エタノールに可溶」であるところ、証拠(甲一九、三四ないし三七、乙六)によると、ここでいう「エタノール」は、一五度においてエタノール九五・一ないし九五・六v/v%を含むものを意味するものと一応認められる。また、証拠(甲三、八、一三、甲一八の一、甲二〇ないし二三、甲二七の一、甲三七、三八)と審尋の全趣旨によると、「ローズモルゲン注」の減圧乾固物は、右エタノールに「可溶」であることが一応認められ、これに、証拠(甲四七)と審尋の全趣旨を総合すると、「FN原液フジモト」の減圧乾固物は右エタノールに「可溶」であることが一応認められる。これに反する証拠(乙三三、三四、四一、四二)の記載は採用できない。

(三)  本件特許発明に係る新規生理活性物質の紫外線吸収極大は「二五五nm~二七五nm」であるところ、証拠(甲一三、甲一六の一、二、甲四七)によると、これは、紫外線吸収の極大がこの範囲のいずれかにあることを意味するものと一応認められる。しかるところ、「FN原液フジモト」の紫外線吸収の極大がこの範囲にあることは当事者間に争いがない。

(四)  本件特許発明に係る新規生理活性物質をモリブデンブルー法によって試験すると液が青色を呈するところ、証拠(甲二九、四一、四九、五一)によると、「ローズモルゲン注」の不完全脱塩液の減圧乾固物をモリブデンブルー法によって試験すると液が青色を呈することが一応認められ、これに、証拠(甲四七)と審尋の全趣旨を総合すると、「FN原液フジモト」の減圧乾固物をモリブデンブルー法によって試験すると液が青色を呈することが一応認められる。これに反する証拠(乙四一、四二、四七)の記載は採用できない。

(五)  本件特許発明に係る新規生理活性物質をオルシノール反応によって試験すると液が緑色を呈するところ、証拠(甲三、四四、四九、五一)によると、「ローズモルゲン注」の不完全脱塩液の減圧乾固物をオルシノール反応によって試験すると液が緑色を呈することが一応認められ、これに、証拠(甲四七)と審尋の全趣旨を総合すると、「FN原液フジモト」の減圧乾固物をオルシノール反応によって試験すると液が緑色を呈することが一応認められる。これに反する証拠(乙四一、四二、五五)の記載は採用できない。

(六)  「FN原液フジモト」の減圧乾固物が、本件特許発明に係る新規生理活性物質の他の物理化学的性質を備えていることは、当事者間に争いがない。

3  保全の必要性について

証拠(甲二四)と審尋の全趣旨によると、債権者は、本件特許権の実施品である注射剤を「ノイロトロピン特号」「ノイロトロピン特号3cc」という商品名で、錠剤を「ノイロトロピン錠」という商品名で、製造販売しているところ、債務者が本件製剤を販売することにより、これらの債権者の商品の販売量が減少するなどの損害を被るおそれがあることが一応認められるから、保全の必要性を認めることができる。債務者が本件について保全の必要性がないと主張する事情(前記2(二)〈1〉ないし〈3〉)は、右保全の必要性がある旨の認定を妨げるものではない。

4  よって、主文のとおり決定する。

平成七年一〇月三一日

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 森義之 裁判官 田澤剛)

別紙

特許権目録

1、発明の名称 新規生理活性物質、その製造方法及び鎮痛、鎮静、抗アレルギー作用を有する医薬

2、出願番号 特願昭五二-一六四九八号

3、出願日 昭和五二年二月一七日

4、公告番号 特公昭六三-三九五七二号

5、公告日 昭和六三年八月五日

6、登録日 平成元年四月七日

7、登録番号 特許第一四九〇一六三号

8、特許請求の範囲

「1次の物理化学的性質:

〈1〉性状:かつ色無定形の吸湿性粉末

〈2〉溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

〈3〉紫外部吸収:UVmax255-275nm

〈4〉ニンヒドリン反応:陽性

〈5〉本発明物質2mgをとり、過塩素酸1mlを加え、液が無色となるまで加熱し、希硫酸3ml、塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml、モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

〈6〉本発明物質5mgをとり、水を加えて溶かし10mlとし、この液1mlに、オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かしこの液を塩酸83mlに加え、水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水溶中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

〈7〉本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ、そして

〈8〉本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、

を有する新規生理活性物質。

2次の物理化学的性質:

〈1〉性状:かつ色無定形の吸湿性粉末

〈2〉溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

〈3〉紫外部吸収:UVmax255-275nm

〈4〉ニンヒドリン反応:陽性

〈5〉本発明物質2mgをとり、過塩素酸1mlを加え、液が無色となるまで加熱し、希硫酸3ml、塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml、モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

〈6〉本発明物質5mgをとり、水を加えて溶かし10mlとし、この液1mlに、オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かし、この液を塩酸83mlに加え、水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水溶中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

〈7〉本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ、そして

〈8〉本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、

を有する物質を有効成分とする鎮痛剤。

3次の物理化学的性質:

〈1〉性状:かつ色無定形の吸湿性粉末

〈2〉溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

〈3〉紫外部吸収:UVmax255-275nm

〈4〉ニンヒドリン反応:陽性

〈5〉本発明物質2mgをとり、過塩素酸1mlを加え、液が無色となるまで加熱し、希硫酸3ml、塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml、モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

〈6〉本発明物質5mgをとり、水を加えて溶かし10mlとし、この液1mlに、オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えてとかしこの液を塩酸83mlに加え、水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水溶中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

〈7〉本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ、そして

〈8〉本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、

を有する物質を有効成分とする鎮静剤。

4次の物理化学的性質:

〈1〉性状:かつ色無定形の吸湿性粉末

〈2〉溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

〈3〉紫外部吸収:UVmax255-275nm

〈4〉ニンヒドリン反応:陽性

〈5〉本発明物質2mgをとり、過塩素酸1mlを加え、液が無色となるまで加熱し、希硫酸3ml、塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml、モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

〈6〉本発明物質5mgをとり、水を加えて溶かし10mlとし、この液1mlに、オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かしこの液を塩酸83mlに加え、水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水溶中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

〈7〉本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ、そして

〈8〉本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、

を有する物質を有効成分とする抗アレルギー剤

5ワクシニアウイルスを接種し、発痘させた動物組織(ひとを除く)、培養細胞、若しくは培養組織を磨砕し、これにフェノール加グリセリン水を加えて抽出し、前記抽出液体を等電点付近のpHに調整し、次いでこれを加熱ろ過して除蛋白を行い、除蛋白したろ液を弱アルカリ性条件下で加熱した後ろ過し、前記ろ液を酸性条件下で吸着剤と接触せしめ、そして水又は有機溶媒を用いて前記吸着剤から有効成分を溶出する工程からなることを特徴とする、次の物理化学的性質:

〈1〉性状:かつ色無定形の吸湿性粉末

〈2〉溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

〈3〉紫外部吸収:UVmax255-275nm

〈4〉ニンヒドリン反応:陽性

〈5〉本発明物質2mgをとり、過塩素酸1mlを加え、液が無色となるまで加熱し、希硫酸3ml、塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml、モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

〈6〉本発明物質5mgをとり、水を加えて溶かし10mlとし、この液1mlに、オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かしこの液を塩酸83mlに加え、水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水溶中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

〈7〉本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ、そして

〈8〉本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、

を有する新規生理活性物質の製造方法。」

別紙

物件目録(一)

左の物理化学的性質を具えたワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液(FN原液「フジモト」)。

〈1〉性状:かつ色無定形の吸湿性粉末

〈2〉溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

〈3〉紫外部吸収:UVmax255-275nm

〈4〉ニンヒドリン反応:陽性

〈5〉本発明物質2mgをとり、過塩素酸1mlを加え、液が無色となるまで加熱し、希硫酸3ml、塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml、モリブデン酸アンモニウム7gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

〈6〉本発明物質5mgをとり、水を加えて溶かし液10mlとし、この液1mlに、オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かしこと液を塩酸83mlに加え、水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水溶中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

〈7〉本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ、そして

〈8〉本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、

以上

別紙

物件目録(二)

物件目録(一)記載のワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液を有効成分とする製剤(「ローズモルゲン注」)。

以上

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